ファッションまめ知識 イタリアファッションの歴史


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最先端のモード服に身を包んでいる訳でもない、むしろ自然体であるイタリアの人々のファッションは何故かお洒落に見えます。十代などの迷えるお洒落初心者であるならば、頑張ってお洒落しました!と言う、いかにも気合い十分な感じのファッションを身に纏ってしまうのは仕方のない事ですが、それがいい大人になってくるとそうはいきません。

そこで是非とも習得したいのが、イタリア的なファッションセンスの培い方となりますが、今回はその助けとなるに違いない、イタリアファッションの歴史に少し触れて見たいと思います。

古代ローマが残した大切な遺産とは?

古代において、特にギリシャでは男女の違いがあまりなく一枚の布を纏った、動き易くシンプルな装いが好まれていました。しかしながら、ローマが世界の覇者となる時代になると、トガと呼ばれる衣装が生まれます。

それはローマが益々栄えると同時に、益々大切な役割を果たすようになりますが、実はトガと言っても多種多様なトガが存在するのです。例えばトガ・プッラは、装飾もなく色味も染色を施されていないベージュで、庶民が着る衣装の事です。また、トガ・プラエテクスタは、白地に赤紫の縁飾りが付いたトガで、主に貴族や神官、執政官が身に着けていました。

この事からも分かる通り、身分階級によってそれぞれ細かなディテールやデザイン、また生地の質なども違う衣装が好まれて着用されていたのが、古代ローマなのです。もちろん現代ではそんなナンセンスなファッションの身に着け方はされませんが、それでも生地の質のこだわったり、デザインの細かなディテールまで真摯に追求する姿勢などは、現代のイタリアのファッションにも受け継がれていると言えるのではないでしょうか。

ファッションの国・イタリアが定着したのは実は近代に入ってから?

古代ローマから自分たちの装いを気に掛けていたと思われるイタリア人たちですが、実際に世界にお洒落なファッション王国のイメージを持たれる様になったのは、つい最近の事なのです。

世界でも有数のファッションのメッカとして、またイタリアのお洒落の発信地として、ミラノはその名を轟かせています。そう、イタリアファッションがお洒落だと思われているのは、このお洒落の街・ミラノと深い関係があるのです。

実はミラノが世界に名を馳せる様になったのは1900年代後半の事。ちょうどイタリアが高度経済成長を遂げた頃の事でした。1978年になると、「ミラノ・コレクション」が開催される様になり、服飾ブランドのプレタポルテがそこで発表されました。そうして、パリとニューヨークに負けないほど、国際的に影響力のあるファッションの発信地としての地位を築き上げたのです。

色使いが素晴らしいイタリア

イタリアのファッションをよく観察してみると、奇抜なモチーフや柄を取り入れた物と言うよりも、色使いを楽しむファッションが主流である事に気付かれる事でしょう。パッと目を引く色使いの上手さ、落ち着いた雰囲気なのに地味にならないスタイリングのバランスの良さは、生まれ持った彼らの感性や住んでいる環境に影響される物なのかも知れません。
つまり、絵画であれ彫刻であれ建築物であれ、長い歴史を持つ優れた芸術作品がいたって普通に街中にある環境が、そこに住む彼らイタリアの人々に独特の色使いのセンスを培わせる助けとなっていると考えられるのです。

だからと言って、イタリア人たちのファッションやセンスの良さを我々日本人には到底真似出来ないものだ、とがっかりする必要は全くありません。何故なら、ファッションとは冒険であり、それを着ているあなたがどんな人物なのかを表現する方法だからです。

ですから、イタリアファッションをそのまま真似るだけでは、本当のあなたを表現する事はできません。もちろんイタリアファッションのエッセンスを取り入れるのは良い事ですが、そこから一歩進んだ努力が、真のファッショニスタを作り上げるのではないでしょうか。

今日は歴史についてのお話でした。ファッションアドバイザーSAKURAでした。