芥川賞作家又吉氏に学ぶ!モテる男はBarで文学を語る《羅生門の語り方》


rashomon

芸人の又吉直樹さんが芥川賞を受賞したことが、大きな話題になりましたね。これまでも他の芸能人やいわゆる芸人本はたくさん出版されてきましたが、「純文学作品」ということで一際大きな注目を集めることになりました。

純文学の話の筋は大体面白くない

純文学と言うと、抵抗がある方も多いと思います。

  • あまり面白くない
  • 小難しい表現が多く、読みづらい
  • 教科書的で堅苦しい

などが純文学を非難するキーワードとしてよく上がってきます。確かに純文学には、上記の様な読み辛さがありますし、映画・テレビなどのエンタメに慣れ親しんだ世代にとっては、わかりにくいものだと思います。しかし、それで純文学を嫌いにならないで!そもそも純文学の話の筋は、面白いものではありません(もちろんたまにエンタメ作品としても秀逸なものもありますが)純文学にはストーリーではない別の楽しみ方があるのです。

純文学はストーリーでなく「あるある」を探して楽しむもの

純文学の楽しみ方は「あるある」を探すことにあります。普段感じることはあっても、言葉で何と表現していいかわからない、「感情や感覚」を純文学作品は文章で巧みに表現しています。「あるある」というのは共感すると言い換えることも出来ます。例えば、犯罪者の話で本当の自分とはかけ離れた主人公だけど、特定のシチュエーションや感情に強く共感し、「自分にもこんな瞬間”あるある”」と感じることで、自分自身の内面を抉り出されます。普段は「冷たい」なんて言われてる人にも、優しい心も持ち合わせていることを感じたり、普段はすごくいい人で真面目な人でも、自分(や人間)の内面に狂気みたいなものの存在に気付いて恐れおののいたりします。実際にどういうことなのか、皆さんが教科書で読んだであろう、「羅生門」を例に解説していきます。

 

教科書で読んだ羅生門って覚えてますか?

暗く薄気味悪い話であまり覚えていないという方も多いのではないでしょうか?

ストーリー

当時京都は大飢饉で、更に疫病が流行り、市中に死体が転がっているような悲惨な状況だった。主人公の男は、侍の食い扶持を失い失業中「羅生門」という寺社の前で途方に暮れていた。

「もう何日も食事をしていない」

「どうすることも出来ない」

「かくなる上は盗みでもやって、生き抜くしかない」

「自分に盗みをやる度胸もないし、盗みは悪いことだ」

「どうしたらいいんだろう。。」

男は甘梅雨を凌ぐために、羅生門の中に入ります。梯子を登り、屋根裏から見た光景は凄惨たるもので、床一面に死体が転がっていました。陰鬱な気持ちになっていると、下の方から物音がして、驚いて覗き込みます。

髪の長い女が、死体の山で蠢いています。その鬼ババのような女の形相や風貌に男は恐れおののきます。

「何をやっているんだろう?」

「本当に鬼婆で死体を食べているんではないか?」

「俺も食べられてしまうかもしれない」

「みっ、見つかりたくない」

男が絶望的な気持ちでいましたが、しばらく震えながら、女を凝視していると、何かをやっていることに気づきました。死体をまさぐっているのですが、主に若い女の死体を触っているのです。

「髪を抜いている?」

男は気持ち悪いと感じながらも、これがどういうことなのか理解しようとしました。

また女を眺めていると死体から、着物や金目のものを抜いているようです。

「なるほど、この女は死体からかっぱらいをしてやがる」男は女が何者なのか理解しだしました。

そして鬼婆のようだと思った女の容姿も、ただの醜い老婆に見えてきました。

男は何か意を決したような表情になり、屋根裏から飛び降ります。

ドンッ

という音と共に男は下の床に飛び降りました。そして刀を掲げながらこう続けます

「おい、そこの老婆こんな場所で一体なにをしておる!」

老婆はひどくびっくりし、怖がりながらこう返します。

「すみません、お侍さま。今街はこういう状況だから、死んだ人には申し訳ないけど、売れるものをかっぱらいしております。」

男「その髪の毛はなんだ」

老婆「これはかもじ(今のかつら)を作る為にとっております。」

老婆「私はこんなだが、知り合いのあの婆さんは、蛇を魚と偽って売ってたりしてるんだ。生活が苦しくてしょうがなくやっている。お侍様どうか見逃してください」

男は暗がりの中、表情の変化が伝わらないくらい小さく、ニヤリとし、

「わしも生活が苦しいので、わしがお前から盗みをしても恨むまいな」

そう言うやいなや、老婆の身ぐるみを全部はぎ取り走りさりました。

老婆の悲鳴が羅生門にこだまします。

 

その後、その男を見たものは誰もいない

 

という文章でこの話は締められます。

「盗みなど出来ない」という良識を持った人間が特定のシチュエーションでいかに簡単に犯罪者になるかということを突きつける作品

「盗むなんて出来ない」=「読者(あなた)」

だが、「相手が泥棒だったら盗めるんじゃない?」

自分よりも汚い存在

  • 死体漁りをしている
  • ボロボロの格好をした老婆
  • 乞食・盗人

であれば、「いとも簡単に冷酷になれるような性質が人間にはあるんじゃない?」

という投げかけをされているようで、

私は読後「全く同じシチュエーションだったら自分も同じことをしてしまうかもしれない」という危うさを感じました。

「盗みなんて絶対やらない」という倫理観が状況や相手によって崩れていく様を見事に表現しています。

 

まとめ

いかがでしょうか? 純文学のテーマがディープになりがちなのは、「人間の内面を炙り出す」みたいな作業の一環です。もし興味を持って頂けたら、是非純文学作品にチャレンジしてみてください。そしてBarで若い女の子に、「純文学ってのは〜」と優しく教えて上げてください。